ヒンドゥー教・インド神話の神 ガネーシャ

ヒンドゥー教の神の一柱であるガネーシャ

障害を取り去る、幸運・財産をもたらすと言われ、事業の開始、商業の神様・学問の神様としてインドを中心にアジア諸国で広く信仰されており、現地の店先には必ずと言ってよいほどガネーシャ像が置かれています。
一般人の間でも縁起物や祝い事のプレゼントとして贈ったり、玄関先や車に置いたりする光景もよく見られるそうです。

日本にも密教と伴に渡来し、大聖歓喜天と呼ばれています(聖天や歓喜天とも)。
ガネーシャがキャラクターとして登場した映像化ドラマ化もされた書籍もあってか名前やその特徴ある容姿、功徳くらいは聞いたことがある方、いらっしゃると思います。
もちろんそれとは関係なしにもうガネーシャの魅力にとりつかれてしまったという方も。

そんなガネーシャのことを少しでも知ってもらえたら嬉しく思います。

Ganesya Library
神名『ガネーシャ』 ヒンドゥー教では 象頭の由来
片方の折れた牙の由来 4本の腕と2本の脚 大きな太鼓腹
ガネーシャとネズミ お腹に巻かれたヘビ

神名『ガネーシャ』

ガネーシャという名前はサンスクリット語で、『ガナ』=群集、『イーシャ』=の長、から。
そのほか『ヴィナーヤカ』(無上)、『ヴィグネーシュヴァラ』(障害除去)『ガナパティ』(群集の主)の神名を持ちます。
元来は障害神であったのが、あらゆる障害を司る故に障害を除去する善神へと変化したと言われています。
ヒンドゥー教でよくみられる、複数の神名をもつのは複数の神格が統合されたためと考えられています。

ヒンドゥー教では

ヒンドゥー教の体系の中では、シヴァとパールヴァティーの間に生まれた長男とされています。
これはシヴァ系の宗教が独立したガネーシャ系の宗教を取り込んだ際の解釈だと思われています。
現在でもガネーシャはシヴァ系のヒンドゥー教の一部です。

シヴァは現代ヒンドゥー教で最も影響力を持つ3柱の主神の1人。
「破壊」と「再生」を司る様相で、シヴァ派では最高神に位置付けられています。

パールヴァティーは女神達こそがシヴァやそれぞれの神の根源であると考えられているシャクティ派で、シヴァに対応する相互補完的なパートナーであるとされています(シャクティ派でも先の3柱は崇拝の対象)。

また弟には軍神スカンダ、他の兄弟としてアイヤッパンをもちます。

象頭の由来と象徴

ガネーシャの特徴的な見た目と言えばその大きな象頭。
これを持つ理由には複数の神話がありますが、有名なのは以下のもの。

●「パールヴァティーは身体を洗った時に出た垢を集めて作った人形に命を吹き込んでガネーシャを誕生させる。
パールヴァティーの命でガネーシャが入浴中の番を任されているところに、シヴァが帰還。
ガネーシャは偉大な神である父が帰還したとは知らず、浴室に入ろうとするシヴァを拒むことに。
問答の末に激高したシヴァはガネーシャの首を切り落とし遠くに投げ捨てる。
後にパールヴァティーと再会し、それが自分の子供だと知ったシヴァは投げ捨てた頭を探しに出るもののどうしても見つけることができなかった。
結果、最初に出会った象の首を切り落として持ち帰り、ガネーシャの頭として取り付け復活させた。」

●「パールヴァティーとシヴァが夫婦でヴィシュヌ(3大神の1柱)に祈りを捧げガネーシャが産まれる。
神々がそれを祝いに来たがその内の一人、シャニは妻の呪いによって見つめたもの全て灰にしてしまう為、俯いていた。
しかしパールヴァティーは息子は不死身だと信じていたため、彼に遠慮せずに見るよう勧め、その結果ガネーシャの頭は破壊されてしまうことに。
ヴィシュヌは悲しむパールヴァティーの為にガルーダに乗って代わりの頭を探しに飛び立ち、偶然川で寝ている象を見つけ、その首をガネーシャの頭として取り付けた。」

どちらも想像もつかないようなお話ですがインド神話ではよくあることなのです。

象の大きな耳は敏感で遠くの繊細な音まで聞くことができます。聞きたくない音はその大きな耳を閉じ遮断することもできます。
ガネーシャが多くの人の望みや意見を聞き入れられる指導者としての資質をもっていること。
時には聴覚をコントロールし瞑想に集中できることを象徴していると言われてます。

象は長く立派な鼻で繊細に嗅ぎ分け、物を拾い上げることができます。
ガネーシャがいろんな物事を識別する智慧を持っていること。正しい取捨選択ができることの象徴とされています。

一般的に描かれるガネーシャの鼻の向きは、ガネーシャから見て左曲がりの物が多いです。
左曲がりの鼻を持つガネーシャは、別名「ヴァーマムカ」。
「ヴァーマ」はサンスクリット語で北の意。「ムカ」には顔の意味があります。
北は、霊的に有益であり祝福を与える方角とされています。
また「チャンドラ・ナーディ(月の管)」は左側にあると言われ、このガネーシャは静寂をもたらすとされています。
女性的な面を表しお金・名声・幸運・幸福な家庭などの生活に恵まれるとも。 「ヴァーマムカ・ガネーシャ」は一般的な作法で礼拝してよいと言われています。

一方、右曲がりの鼻を持つガネーシャは、「ダクシナームールティ(南面を向く者)」、「ダクシナームカ」と呼ばれます。
南は死の神である「ヤマ(閻魔大王)」の方角。右側には「スーリヤ・ナーディ(太陽の管)」があると言われ、この組み合わせを持つガネーシャは、とても力強く活動的だとされています。
男性的な面を表し、厳格・誠実・高潔・節制・道徳にもとづいた規則正しい生活などを象徴しているとも。 「ダクシナームールティ・ガネーシャ」を礼拝する祈りでは「ダクシナームールティ・アシュタカム」というものが有名です。

「ダクシナームールティ」は学問や音楽、ヨガ等の知識を授ける師としてシヴァ神が化身した神と考えられ、知識や悟りの化身として崇められています(シヴァ神がヒマラヤの人里離れた地で弟子に教えを説いた時、南を向いて座っていたと言われているため)。
右曲がりの鼻を持つガネーシャ像はこのシヴァ神に倣って作られたものなのかもしれませんね。

片方の折れた牙の由来

片方の牙が折れている理由にも複数の神話が。
有名なところでは以下のようなものがあります。

●「インドの聖典である『マハーバーラタ』の著者であるヴィヤーサは文字を書くことが出来なかった。
ブラフマー(3大神の1柱)に遣わされたガネーシャは代わりに彼の言葉を書き留めることになる。
この時自ら右の牙を折り、その牙で執筆したとされる。」
学問の神様として崇められるのは、こうした理由もあってか。

●「パラシュラーマ(ヴィシュヌの化身)がカイラーサ山にシヴァを訪ねた。
しかしシヴァは眠っていたため、ガネーシャがパラシュラーマの入室拒否。
二人は喧嘩となり、ガネーシャは二本の牙でパラシュラーマを投げ飛ばしに。 パラシュラーマは斧を取り出しガネーシャに投げつけた。
この斧はシヴァが彼に与えた物で、それに気づいたガネーシャは父神の斧に敬意を払って片方の牙で受け止め、折れてしまった。」

●「誕生日に菓子をたくさん食べた帰り道、乗り物のネズミが蛇に驚きガネーシャは転倒。
はじけこぼれたお菓子を集めお腹に戻しヘビでお腹を巻きつける。
この一部始終を見ていて嘲笑した月に、自分の牙を折り投げつけた。」
月とガネーシャの相性は悪いといわれています。
ここから月は、満ち欠けするようになったとも。
またガネーシャの足元にはネズミ、お腹にはヘビが描かれることが多いです。

またまたどれもこれも想像もつかないようなお話ですがインド神話ではよくあることなのです。

4本の腕と2本の脚

4本腕で描かれることの多いガネーシャ。
基本は3本の腕に斧、縄、菓子、残りの腕は手のひらを開いてこちらに向けている様。

・斧は「障害物をなくすために使われる。執着を断ち切る」
・縄は「信者を最高の目標へと引き寄せる」
・菓子は「自分自身を理解すること。人生を楽しむこと」
・開いた手のひらは「神からの恩恵」
 をそれぞれ表しているといわれています

また一緒に描かれたり握っているものとして、
・アンクーシャ(杖)「自分を信じ、自分で指揮を執ることで自由になる」
・ロータス(蓮の花)「人生の高い目標。この世界に存在するが、汚れていないもの」
・聖典「マハーバーラタの筆記者。知識や学ぶこと、文学の神」
・折れた牙「良いことを続け、悪いことを捨てる能力。集中する象徴」
・トリシューラ(三叉の鉾。額に描かれることが多い)「過去、現在、未来。父神シヴァの象徴」
 などがあります。

2本の脚を地につけるように1本、地とは水平に上げるように天に1本。
これは物質的な世界と精神的な世界、両方の重要性を示しているそうです。
また短いその脚はゆっくり着実に歩んで行く堅実さと腰を据えて人を動かす指導者としての資質を表しているとも。

大きな太鼓腹

「この世界の均等に起こるすべての良いこと悪いことの意味をかみしめること。食物(特に果物)への感謝」を表現しているとされています。
七福神の大黒天のように大きなお腹は吉兆を舞い込んでくれそうな気がしますね。

ちなみに大黒天(マハーカーラ)はシヴァ神の異名・化身で現代日本では米俵に乗り福袋と打出の小槌を持つ微笑みの長者で描かれることが多いがこれは密教の伝来から食物・財福を司る豊穣の神として信仰された面が残ってきたからです。
元を辿ってインド密教ではシヴァ神同様の姿から三神一体の三面六臂、チベット仏教では一面二臂・一面四臂・一面六臂・三面二臂・三面四臂・三面六臂など多彩な姿。
いずれもその名の通りの青黒い身体に憤怒相をした護法善神として描かれているものもあります。
このシヴァ神に倣ったのか顔や腕をたくさん持つガネーシャの像も見ることがあります。

ガネーシャとネズミ

ガネーシャの足元には先の神話にも登場したネズミが描かれていることが多く、これにも理由があります。

ガネーシャが幼い頃、巨大なネズミが彼の友達を怖がらせるようになった。
このネズミの名前は「ムシカ」、元は神々の中の帝王に仕える半神半獣の奏楽神団でした。
ムシカはうっかりヴァマデーバというリシ(神話上の賢者、聖者たち)の足を踏んでしまったことから呪いによってネズミに変えられたと言われています。
ガネーシャはこれを縄でとらえ、ヴァ―ハナにしました。
この逸話から、ガネーシャには「暗闇で増えるネズミの如くとりとめなく湧いてくる雑念を追い払う」という力があると。
また、ネズミは欲望と無智の象徴。
そのネズミをヴァーハナとし乗りこなすことができるガネーシャはそれを完全にコントロールできる聡明さを表現しています。
また大きな象が小さなネズミに乗るということからガネーシャ神はなんでも出来るということを表しているとも。

※ヴァーハナは神々の乗り物。
シヴァはナンディン(乳白色の牡牛)、ヴィシュヌはガルーダ(鷲)、ブラフマーはハンサ(白鳥)をそれぞれ従えています。

こういった経緯からかインドではネズミを捕るとされるネコは好まれず、野良ネコなんかはあまり見かけないようです。
またシヴァのヴァーハナである牛は現代でも神聖視されていたり、ヴィシュヌのガルーダはタイやインドネシアの国章にもなったりしています。

またムシカの登場するインド神話のひとつに
『シヴァはガネーシャとスカンダにこの世界をどちらが早く3周できるかという競争をさせた。
スカンダが俊足の孔雀(パラヴァーニ)に乗って世界を回る間に、ガネーシャは「自分にとって両親こそがこの世界です」と、ネズミ(ムシカ)に乗り両親の周りを3周したのであった。
シヴァ神はこの知恵と言葉に感動し「物事の始めにガネーシャ神に祈りを捧げよと命じた』
というものがあります。
スケールからしてとんでもないお話ですが、事業の開始・商業の神様と言われ、幸福・成就・安定を祈願するという文化はここから生まれたのかもしれません。

お腹に巻かれたヘビ

先の神話にも登場したお腹付近に描かれるヘビ。
これはガネーシャが尾てい骨付近にあるチャクラ「ムーラダーラ」から根源的生命エネルギーであるクンダリニー(シャクティー)を覚醒させていることを象徴しています。
常人には目覚めていない力を持ったガネーシャのエネルギーの表現の1つというわけです。

ガネーシャの特徴の由来やその力、魅力が伝わっていれば幸いです。

上であげたようなインド神話だけでなく、世界諸国の神様にはそのスケールに驚くような、また思わず笑っちゃうような神話や逸話が数多く残っていて今でも語られています。
調べ読んでいると楽しくなってくるものばかりなのでぜひ興味をもっていただけたらなと思います。